2009年1月14日水曜日

DINKsとボイン

今月末に書店に並ぶ予定の『為替力』で資産を守れ!の最終校了が昨日午後。私自身が印刷工場で缶詰となり誤植がないかどうか一字一句見直すこと凡そ5時間。「お疲れ様でした。これ以上は、泣いても笑っても修正は効きません」と言われ、新宿の寒空の下に解放されました。

この時点では通常大きな加筆修正はないものなのですが、長時間お付き合いくださった編集長から、「“DINKs”という言葉が、編集部内で意味不明との声が多かったので、括弧書きで(共働きで子供の居ない夫婦のこと)と挿入したいのですが?」と聞かれました。“DINKs”が登場するのは、少子化高齢化と年金問題を取り扱いつつ、日本と中国の比較をした部分です。少子化と年金問題が『為替力』に関係あるのか、ですって?それは大ありなのですよ。

「語釈の挿入は全く問題ないです。しかし、“DINKs”と言われて(書かれて)意味が判らない読者が少なくないとなると、同じ意味を表すコンパクトな別の表現が出てきたということですか。“DINKs”は随分と寿命の短い《死語》になってしまったものですねぇ・・・」と私が訊ねると「少なくとも出版事業という立場では《死語》認定せざるを得ないですね。でも、(共働きで子供の居ない夫婦のこと)を簡潔に表す別の表現があるわけでもないので、語釈の挿入以外に方法はないですね。僕自身は、数年前に“DINKs”のための節税法という記事の編集に携わったことがあるので、僕個人の中では《死語》認定はしていないのですが」と編集長さん。

《死語》と言えば、現代「死語」ノート(小林信彦著、岩波新書1997/1)の中に、“ボイン”が《現代の死語》だと紹介されています。大橋巨泉さんが11PMの司会者としてコンビを組んだ朝丘雪路を指して発した言葉がbuss wordになったものと記憶していますが、ご存知の通り、⇒巨乳⇒爆乳⇒スイカップ、などと置換されてきています。一方、“DINKs”は別のbuss wordに取って代わられたわけではないのに何故死語になったのか?昨夜、校了が終わった後も気になって仕方がありませんでした。

少子化が「深刻化」(?)する中、“DINKs”が増えこそすれ減っているとは思えません。昨夜、テレビ東京「ガイヤの夜明け」で中国の寒村に初めて全自動洗濯機が入るという場面。家族の月収の2ヶ月分で手に入れた夢の機械は農作業と洗濯に明け暮れ、長年、“しもやけ”と“あかぎれ”に悩まされた奥さんを喜ばせたというシーンでした。温暖化のおかげもあるでしょうが、現在の日本の多くの地域では“しもやけ”と“あかぎれ”は死語に近いのではないでしょうか?「現象やモノが無くなった」ことによる《死語》では、“DINKs”は違うようです。

夜、寝る前に思いついた答えは、「現象やモノが《ありふれた》」ことによる《死語》もあるのではないか、という仮説です。温暖化のおかげで、という話をしました。もし、温暖化が更に進み、関東以南の太平洋沿岸の冬は毎日ポカポカ陽気になったとします。「小春日和」が常態化すれば、「小春日和」という言葉は死滅してしまうのではないでしょうか?エスキモーの言葉には「雪」に相当する言葉がないのだそうです。そのかわり、細雪、粉雪、牡丹雪、吹雪、・・・など7種類の言葉があるが、日本語や英語と異なり、●●雪とか●●snowみたいに、語幹に雪(snow)を伴わない。つまり、部分集合に対する全体集合としての雪という概念が存在しないのだそうです。天から降ってくるものは雪以外にはない世界が常態であれば、なるほどと思います。

対立概念があるから、言葉(意味するものと意味されるもの)が存在する、というのが言語学者ソシュールの構造主義。“DINKs”は、エスキモーにとっての雪のように当たり前の存在になりつつあるということかも知れません。
CoRichブログランキング

0 件のコメント: