2016年4月12日火曜日

ドナルド・トランプ氏と核抑止力とパナマ文章

わたくしは東京都知事選挙のたびにドクター中松さんに清き一票を投じていますが、毎度死票になっています。

我が国の地方公共団体の首長選挙で波乱が起きないわけではないけれど、今回の米大統領選挙のように、民主党ではバーニー・サンダース氏が、共和党ではドナルド・トランプ氏が現実的な候補として浮上し、想定外に善戦しているというところが、米国二大政党のあり方や大統領選挙の仕組みの面白さ奥深さであるとして、例「年」になく、日本の低俗メディアですらも繰り返し報道する背景です。

良くも悪しくも、日本の低俗メディアが繰り返し報道することによって、ドナルド・トランプ氏の存在は、我が国一般大衆のなかにも深く刻み込まれることになりました。

わたくしのブログの愛読者のみなさまは、わたくし同様、変わり者だと考えられますので、安心していますが、そうでないみなさまは、おそらくは日本の低俗メディアが繰り返す報道によって、「(まさか)ドナルド・トランプ氏が大統領になったら、日米関係はどうなってしまうのか?日本の安全保障はどうなってしまうのか?」と素直に不安がっておられるかも知れません。

まず、米国大統領が、良くも悪しくも、ロシアの(プーチン)首相とか中国の(習近平)国家主席のような絶対権力者ではないこと。おそらくは、わけありで、我が国では、政治とカネの問題(米国におけるロビイスト活動)や責任内閣制と大統領制の比較などを教育するにもかかわらず、本筋を迂回しています。いっそのこと、パナマ文書から勉強したほうが良いのではないかと・・・・・・・

なので、何割かの確率で、ドナルド・トランプ氏が米国大統領になれたとしても、キャタピラー社の重機でメキシコ国境に壁を作ったり、在日米軍を撤去させたりできるとは必ずしも言えないのです。

ところで、わたくしは、自由貿易論者であるだけでなく、移民賛成派です(「移民受け入れ賛成」という言い方はしません。「受け入れ」という表現が上から目線で失礼至極です。有能な(※)外国人には頭を下げてでも来てもらいたいものですが、頭を下げただけで来てもらえるはずがありません。有能な(※)投資家や労働者がじゅうぶん活躍できる=じゅうぶんな自由や機会がある、、、と思ってもらえる必要があります)。

保護貿易や人工中絶反対や銃規制強化反対などの政策には反対です。

しかし、「在日米軍を撤退させ、日本には核武装を許すべき」という発言は、快哉。米国の有権者に向かって発せられた言葉である点、さらに意味が大きいです。

少なくとも、我が国においては、右翼の方も、左翼の方も、こういうことを言いません。もっとも、右(左)翼の定義も右(左)翼の方々毎に違っているかもしれない。。。。。。ドイツのヒトラー政権もリビアのカダフィ政権もロシアのスターリン政権も中国や北朝鮮の歴代政権もみな自称社会主義です。

わたくしは、インターネット規制をかいくぐってパナマ文章を垣間見たロシア人達や中国人達が、共産党をぶっつぶしてほんとうの社会主義革命を起こすための非合法国民戦線を立ち上げることを期待します。

そういう活動を物心両面で支援するぞーと、心の底から言えるひとこそドナルド・トランプ氏なのではないかと。たとえ、人気取り(ポピュリズム)のためだといぶかる人がいたとしても、この時期、その何百倍もの人たちはあらためてドナルド・トランプ氏を評価することでしょう。

パナマ文章というパンドラの箱を空けたのは米国共和党筋の策略であるという情報があり、説得力があります。

何が言いたかったのかと言えば、我が国は大東亜戦争敗戦と同時に作られた冷戦構造(日本においては逆コース)のなかで、真の右翼、真の左翼、というものが姿を消した。。。。。が、そもそも真の・・・などという定義は無意味であると留保せざるを得ないというのが上記斜線です。

で、本来、真の右翼、真の左翼であれば、同じうして、ドナルド・トランプ氏という軍事同盟の相手方大統領候補に言われるまえに、「在日米軍を撤退させ、日本には核武装を許すべき」というドクトリンを発すべきだったところです。

そんな発言をして多少なりとも結社できたとしても、偽の右翼からも偽の左翼からも叩きのめされ、ドクター中松さんほどの支持も得られないのは百も承知です(ドクター中松氏が、この点で、わたくしに共感されるかどうかはまったく調べておりませんので、あしからずご了承ください)。

ところで、核については注釈が必要でしょう。平和利用であれ軍事利用(の予備として)であれ、核を押し付けられることがあってはなりません。

わたくしは福島第一原発のような粗悪品が米国から押し付けられたものであり、我が国側で協力したのが讀賣新聞その他原子力村のなかまたちだったということなのか???そんな陰謀説は出鱈目で、第四次中東戦争以降のエネルギー政策を我が国のリーダー達が真剣に考えたうえで、天然資源輸入に依存しない経済体質を急いで作り上げるためには目先のコストが安い原発を増やさざるをえないと苦渋の判断をした結果だったのか???判断するにじゅうぶんな情報を持っていません。

いっぽう、軍事目的ということでは、核か地上戦かという究極の選択をせまられている現代国際社会では自ずと結論が出ています。地政学上の緊張という点では、中東と極東では大差がないにもかかわらず、なぜ北朝鮮はシリアやイラクみたいになっていないか、よーく考える必要があります。

もっとも、フランスのように、核を保有していても、自爆テロには無力である点は留保しておかなければなりません。

義務と権利がさかさになった集団的自衛「権」を押し付けられるまえに、不平等条約の最たるものである核拡散防止条約のタブーが取り払われるまえに、憲法改正(憲法第九条)問題を論ずるのは亡国そのものでした。ドナルド・トランプ氏の核抑止論を大いに参考にして、議論を振り出しに戻すべきなのです。

「パナマ文書と円高」について、稿をあらためます。そのうえでいま、アベノミクスが葉桜状態だと揶揄されようと、この3年間のアベノミクスは経済学上も大きな意味があったことを書くつもりです。前パラグラフで亡国と書きましたが、安倍内閣は何も、好きで嫌われて、安全保障問題に取り組んだとは思えません。先述のカダフィ政権みたいな長期である必要はないですが、安定政権の扇の要だと思ってもらえる状況下で、安倍晋三=ドナルド・トランプ会談が実現したら、歴史が変わるかも知れないと、まじめに楽しみにしています。

2016年4月6日水曜日

ロシアも日本も自国通貨建て国債に依存している限り国家破綻はありえない

アベノミクスが剥がれ落ちてきそうなきょうこのごろ。タイトルを含む3つの予想についてきょうから検討していきます。3つとも、財政学や金融論で異論駁論の絶えない言説です。

Ⅰ.主権政府は、国内通貨の国債等に依存しているかぎり、倒産しない。

直感的には正しい。が、正しいにしても、

法定通貨=不換紙幣であることに加えて、固定相場制に組み込まれていない(少なくとも好きなときに離脱できる)ことが必要だと思います(例:ギリシャ2015においては、通貨ユーロをギリシャにとって自国通貨だが固定相場制から離脱できない不換紙幣だった)。

以下、直感を検証していきます。

倒産、破綻の定義について。

①債務不履行(弁済能力がない場合)
②債務不履行(弁済能力はあるが弁済意思がない場合(※))
③金融支援(私的整理)
④(債務不履行は起こしていないが)利払を含めた累積債務額が発散することにより実質破綻

を区別することは議論の精緻化のためには必要。この点、ロシア1998については、①または②に該当したのは何と自国通貨建て債務であった(※直感を信ずれば、①はありえないことになるので、②だったか???)キリエンコ首相(代行当時)に真意を聞く必要あり。

これらを踏まえても、財政ファイナンス(中央銀行による自国国債の買い切りオペ)が可能であれば、理論上、①は発生しないと考えられますが、②、③、④が発生しうるという点では外国通貨建て債務と同じ。

さて、財政赤字で『破綻』の恐れがある場合とない場合とをどこで線引するかでいくつかの伝統的な考え方があります。
(1)建設国債はOKだが特例国債はNG、
(2)市中消化はOKだが中央銀行消化はNG
(本論にあるように中央銀行消化(の選択肢を残しておくこと)こそが重要だという考え方も)
(3)徴税権(や「預金凍結」権や「外貨預金外貨送金制限」権)の及ぶ国内消化はOKだが外国債は(自国通貨建てでも)NG
(4)外国債でも自国通貨建てならOKだが外国通貨建てはNG
(5)発行代金の資金使途を問わず、国債の引き受け手を問わず、自国通貨建てかどうかを問わず、現役世代と将来世代の間の所得移転のパラメータが十分大きければ(コーナーソリューションが起きていなければ)OK=中立命題、



等です。このような百家争鳴の議論において、『破綻』が何を意味するのか?国際私法上の債務不履行の定義(definition)①∨②が問題となっているのか、格付機関ごときの同定義①∨②∨③それに限定(define)せず累積債務の発散をも含めているのか?取り決めが必要でしょう。

ここでは、財政赤字が発散しても、議論は収束させたいので 笑、
「①さえ回避できれば良い。そのためにも、発行代金の使途、引き受け手、は問題とならず、中央銀行による(無制限の)引受という選択肢と、自国通貨建て(に限る)発行ということが条件だ」という命題を検討することとします。

・・・確かにこれは十分条件のように思われます。ただし②③④を回避する必要条件ではありません。さらに、1998ロシアは①ではなくて②だったと言い切れるかどうか問題は残ります。

・・・では必要条件でしょうか?直感的にはそうなのですが、②③④の状態だが①の状態ではない国の通貨価値は限りなくゼロに近いかも知れないが正の値であってゼロではないのであれば、外国通貨建て債務を自国建て債務に借り換えさせるに十分な大きい(が無限大ではない)額の中央銀行引受が可能だということになります。つまり、財政ファイナンスが好きなだけできるという前提であれば、累積ソヴリン債務が自国通貨建てかどうかは五十歩百歩(五十歩一億歩かも知れないとしても)ということです。